”まちつくり”の公平感とグローバリズム






 
  【4】砂漠と森林の思考世界―まちつくりの思考態度

ヨーロッパでは、生と滅は全く反対の概念であり、生であれば滅ではなく、滅であれば生ではないというものですが、東洋社会では生というものがあって初めて滅と言うものがあり、凡ての生ある存在は循環し、生成発展していくという理解が中心となっており、人間が死を見つめて思索するときは死後をも重視する力強い論理になっていきます。

全く異なるこのような思考方法の生まれる理由として、特定の風土的条件のもとに生活し生を営む人間の思考態度(鈴木秀夫氏:森林の思考と砂漠の思考)から生まれるものと考察されています。そこで説明される世界は、アフガニスタンの部族間の問題やテロの問題に留まらず、我が国の「まちつくり」におけるコミュニティの形成やコミュニティ相互の秩序のあり方に対しても、深い洞察を与えているように思います。

砂漠ではある一つの道が水場に至る道であるか否かの決断をしなければならない。その道が生への道であると判断することは他の道は滅への道であるという判断をすることである。

これに対して、森には生が充ち満ちている。生への道か滅への道かを思い煩う必要はないのです。森林の思考では、人間がこれだと一旦は思っても、与えられた心によって思い煩うことによって創造の世界は拡がる可能性をも持っています。

砂漠的思考と森林的思考とは正に人間にとって本質的な区分であり、常に決断する俯瞰的視点を持つ西欧キリスト教の世界観の風土と、森林的・仏教的世界では我が宇宙の中心の一つでもあり、森羅万象の説明はいずれ可能になり、一つ一つ事実と論理を積み上げてゆくものと考察されています。

大規模小売店補立地法が日米摩擦の重要な論点になり、大型店の出店に際しては経済競合の論点からの規制をしてはならず、ただ都市計画上の環境汚染など以外の規制は行わないという変更がなされたとき、市場経済主義という裁定者のあるグローバリズムは、都市計画の現場に大きな混乱を拡大したことを思い出します。

市場という裁定者があるコミュニティの生活環境を計画的に育成しつつある都市計画の現場に、競争原理という視点が参入することの影響の意味あいから混乱を引き起こしたのだと思います。

ここでは先述の二つの思考態度がぶつかり会って展開し現場の混乱の原因になったものと思われます。 一方で、地球社会が情報化によって益々一体的側面を強め、環境汚染上は有限感を強める時代に進み始めた現状では、協業とか分担とか協働とかの国家間の相互関係が益々注目され、国際的公平感や国際正義が重視されるようになっていきます。

また、ある国家の中の地方問題では、地域が主体となった地方分権がすすみ、自己組織化が進む小さな地域コミュニティが緩やかな連帯によって結ばれる社会構成がすすむ新時代になってくると、この二つの思考態度による展開上の課題を放置したままでは、上位省庁と下位コミュニティ等との階層間にあるべき公平感や秩序に大きな捻れ現象が発生してしまいます。

両者のうちから一方を選択するという道ではなく、現状では両者ともに平準化するという道を歩んでいるようにみえますが、まちつくりという生活上の発想を必要とする分野では果たしてどのような展開が進んでいるのか、国際的で適正な調査解析がこれからの地球社会の現実的な展開にとって大変重要な判断を生むように思われます。


   <目次>

はじめに.

【1】歴史的にみる社会的正義と秩序の形成

【2】有限の地球、意識段階そして国際社会とコミュニティのもつ課題

【3】社会的な再生秩序のための道筋

【4】砂漠と森林の思考世界―まちつくりの思考態度

【5】都市再生における新社会秩序の方向

 
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